学校訪問の記録

幼稚園児と小学生の2人の子供(女子)達の父親である私が、個人的なメモとしてブログを活用することにしました。意見・感想は私個人のものです。(ブログ全体、文中敬称略)

201701 浦和ルーテル学院 宗教改革500年記念講演会

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JR京浜東北線北浦和駅からスクールバスで約25分、浦和ルーテル学院を初めて訪問した。PTA主催のルーテルの宗教革命から500年を記念する講演会があった。

駅に早く到着してしまったので、スクールバス乗り場へ行ってみたが、当然バスはまだ来ていない。

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外は極寒。バスが到着するはずの場所の向かいにある塾の掲示を見ていたが、とても立って待っていられない気温だったので、駅前のミスドへ直行。

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最初はマックでいいかなと思って探していたがなかったので、ミスドに決めて店内へ。大学生や主婦で席はいっぱいだったが、なんとか座り注文したモーニングセットで温まった。

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結局、店内には10分もいなかったが・・・

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ミスドを出て、交差点を渡ると、こんな石碑があった。

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バス停へ行くとすでにバスが到着していた。途中乗車した参加者含めて、バスの半分くらいは埋まっていた気がした。約25分で学校に到着。途中、有料道路や田園風景を通過したが、あまりにものどかな光景が広がっているので驚いた。

バスを降りて、外階段で2階へ。

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この日は結局校内と言ってもチャペルに入ったのみで、教室などは元々予定されていなかったため、全く見学出来なかった。スリッパは借りた。チャペル前に受付があり、予約していたのでリストで確認を済ませて配布物を受け取り中へ。トイレ利用。石鹸がなかったが、とても綺麗で清潔だった。

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チャペルに入ると、窓の外に見える青空の美しさに驚いた。ちょうどいい加減の光が差し込んでいる。いい日に訪問したと思った。

来場者はほぼ全員が在校生の保護者だろうと思っていたが、同じ教会に通っているという話を耳にしたため、どうやらルーテル派の教会に通っているようだが、保護者というわけではなさそうだ。会場の前方は埋まっているが、後方には空席があった。堅苦しい雰囲気はなかった。途中で何度か暖房が入ったので、暖かく講演を聴くことが出来た。最終的に来場者はざっと見て、70-80名くらいだったのかもしれない。

講演は理事長の挨拶で開始。今日講演する先生は、国内ではルーテル研究の第一人者だそうだ。挨拶は簡潔に終わり、徳善先生の講演が開始した。お年なので、座って話すそうだ。講演するだけでも大変そうなので、貴重な機会だと私も思った。

講演の主な内容のレジュメが配布されていたので、それを見ながら話が聴けたので良かった。まずはFacebookのとある書き込みについての話。とある青年が、ボウリングを始めたのはルターと書いていたそうだが、それは間違いとのこと。ルターは16世紀の人で、ボウリングは12世紀にはあったそうだ。講演があったのが、米国の新大統領にトランプ氏が就任して4日目だった。そのトランプ氏や側近が「嘘ニュース」を批判したり、自らが「代替的事実」を発信したりと話題になっている状況だったので、Facebook上の間違いから講演を開始するのはとてもタイムリーだと感じたし、雑談のような小さいことでも正していくという姿勢が素晴らしいと思った。

さて、ここからはメモしたものをそのまま書くことにする。

教会の改革。心が、信仰が整うということであり、形だけではない。

当時の(中世の)教会では、ラテン語のみで礼拝を行っていた。他言語での礼拝は禁止していた。

福音とは、喜びの知らせということ。

おそらく、農民は賛美歌を口ずさみながら畑を耕していたのでしょう。

宗教改革はまだ続いている。そして続いていうであろう。

最近、スウェーデン国教に、ローマ法皇フランシスコが自らの意思で訪問して、共に礼拝を行った。ルーテル世界連盟の議長とローマ法皇が共同声明を発表した。これは、カトリック教会も変わってきている、変わろうとしているという証拠。理解が進めば、共同の働きをするようになるかもしれない。ルーテル教会も、自分達も、改革をしっかりとやっていかなければならない。まだ改革出来るところはないだろうか。

ここで午前11時のベルが校内に響き渡る。綺麗なベルの音だった。

いつの時代でも、改革をして行かなければならない。

宗教改革は英語で、「Reformation」と書く。つまり、教会だけでなく、教育を含む社会全体を改革して、影響を及ぼしている。教会の改革だけでないのが良い。

子供の教育。当時は子供の洋服がなかった。子供は単に大人のミニチュア版として捉えられていた。遊んでいる子供の絵を見れば分かるが、全部大人の仕事をやっている(遊んでいる)。大人の古くなった道具を担いだり、女児は大人の女性の真似をしておままごとをしていた。学校教育がなかったので、子供どころか大人の識字率が低かった。教育に関心がある親の子供のみが、ラテン語を学ぶんだ。ルターもそうだった。

ルターが翻訳した新約聖書のレプリカを持参したので、後で時間があればごらんください、と先生。(比較的大きいレプリカだった。レプリカと言ってもよく出来ていた。

ルターは、ドイツの各都市の議会に、学校教育についての意見を送った。

学校が設立されるようになった。カトリックの地域も同様の学校が設立された。明治時代以降、日本に設立された学校も、このルターが設立を進めた学校をベースにした。

ただ、設立された学校は、少年のための学校だった。エラスムスなど、時代の先端を行く人でも、「女性のための教育はバカバカしい」という時代だった。そんな中、ルターは、女性のための学校も作らなければならない。そして、そのためには女性の教員が必要で、養成しなければならない。当時は楽器的なことで、女子教育が始まった。

ウィーン少年合唱団やトーマス少年合唱団。今も来日すると高いチケットを買って観に行くが、あれば古い遺物残りですね、考えてみると」と先生。(少年のみがそのような合唱団に参加して合唱することが許された時代だったからだ。)これが理由で、少年がソプラノを歌っている理由だ。

そして確かに学校が設立されたが、子供は大切な働き手の時代。学校に通わせない親が多かった。そこで、ルターは親向けに渡すパンフレットと呼ばれる冊子を作成した。

以上が主な内容だ。

この後、ニシンの漬物の樽に入って身を隠して修道院を逃れた中世の人がルターに手紙を書いた話や、ルターの食卓には常に30-40人の学生などが囲っていた話や、ルターの子孫が以前、都内の教会に、教会の名称に「ルター」が入っているということで訪問してきた(が先生は不在で会えなかった)という話を披露していた。当校の以前の校舎と現在の校舎を比べた感想も話していた。今の方が広々としていていいと思うと話していた。あまりに広々としていて、タクシーの運転手が迷っていたそうだ。

予定の時間を20分オーバーして講演は終了した。

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前述の通り、校内見学はなく、帰りのスクールバスまで少し時間があったので、駐車場からグラウンドの様子を見学した。

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先生が話していた通り、敷地はかなり広そうだ。

帰りのスクールバスの運転手も気持ちの良い挨拶をしてくれて、今回の訪問は終了した。後で気が付いたのだが、メトロ南北線に直通している駅が近くにあったようなので、最寄りの駅との間を徒歩で往復してもよかったのかもしれない。今後、また機会があるようならば、校内を見学しに伺いたい。

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帰りのバスから見た田園風景。

ちなみに当日受付では新書の受け渡しも行われていた。予約販売のみだった。アマゾンでも購入出来るようだ。

 

マルティン・ルター――ことばに生きた改革者 (岩波新書)

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